高齢者クラブ連合会からお花の苗のプレゼントです。毎年この時期に戴くものですが、今年は老人クラブに入会しましたので少しはお手伝いをしなければと出掛けましたが、集合場所に着いた時にはもう先輩会員の人達で作業は終わっていました。
培養土と腐葉土と肥料(粒状)とお花の苗と鉢が届き、会員の皆さんで鉢に植え付けて会員の家庭へ配っています。今年93歳になるKさんもお手伝いに出ていて遅れていった自分が恥ずかしかったです。
頼まれた5軒のお宅へ花の鉢を配りながら帰りましたがAさん宅で「育てられないから貴女にプレゼントします」と言われ貰って帰りました。2鉢の花を今年は育てる事になりました。

※日日草。
More・・・・初物
月が太陽に重なり、リングのようにみえる天文現象の金環日食を我が家の屋上で見る事が出来ました。国民の8割が見たいと希望していると言う事でしたが、私も早くからカレンダーに印をつけて心待ちにしていました。天気予報は「曇り」駄目かもといらぬ心配をしましたが、雲の切れ間からほんの短い時間でしたが、太陽と月の競演を楽しみました。
関東地方では173年ぶりだそうで次に観測されるのは18年後の北海道と言うことです。素敵なチャンスに巡り合えて幸せでした。
テレビ・新聞この話題満載でした。
More…牡丹の花
後地シルバーセンターで開かれた総会に出席して来ました。今年からお仲間に入れて戴きましたので総会は初めての参加になりました。
近所の高齢者が集いお互いの趣味を生かしたり、健康の為にスポーツを楽しんだり、地域の為に役立つことをしながら明るく健康な毎日を過ごすことを目的として立ち上げた会ですが、今年がちょうど40年目になるそうです。

※M先生の折り紙のプレゼントを添えて。
義母が長い間関わっていたのですが「老人クラブ」の名称に少しだけ抵抗があって入会を遅らせて来ましたが、どこから見ても老人であること間違いなしでして・・・・。私に出来る事はお手伝いしたいと思っています。
会計報告・事業報告・来年度行事予定の発表の後懇談に入り、毎月来ていただいている先生のお三味線に合わせて皆で民謡を歌って楽しみ散会しました。

※いつもより一ランク上の大増のお弁当で~す。

前回のUPから10日目の鷺草です。鷺草はラン科ミズトンボ属の多年草。7~8月ごろに開花するそうです。あと一カ月後に鷺の美しい姿を見れるのでしょうか?

パレードから帰ったら不在通知がポストに入っていました。ドライバーさんに連絡して再配達をお願いしました。
次男の所から母の日のプレゼントでした。
旅行を楽しんだ後は、その分忙しく走って廻ってこなしてきましたがやっとほっとした気分になったウェーク・エンドでした。お嫁さんへお電話を入れましたら、家族みんな元気に過ごしている由、とても嬉しかったです。

13日(日曜日)新宿駅東口で行われたパレードに地区協からCさんと二人で参加して来ました。新宿駅に下車したのは久し振りでしたが、余りの人の多さに圧倒されてしまいました。パレードは40分で流れ解散となりました。歩行者天国になっている道路伊勢丹前~アルタ前~東口までゆっくり歩きました。気温上昇中、さらに支給されたビニール製のジャンパーに熱がこもってくるし大変でした。今日は地区の福祉祭りと行事が重なり二組に分かれての参加になりました。いつもの年も5月はスケジュールがいっぱいです。
パレードの終わった時にはもう頭がクラクラ状態。二人で「目黒に帰ってからお昼にしよう」と山の手ラインへ・・・。地元でないと落ち着かないというのも歳のせいかしら?目黒のアトレで食事をしてからさよならをしました。
RDリリーズのお仲間は、群馬の温泉で休養なのです。来年はそちらの行事の方に参加した~い(*^_^*)です。
11日(金曜日)きゅうあんで開かれた講演会に地区協の5名で出席して来ました。

「世界はどんなふうに生きているか」と題して作家の曽野綾子さんの講演がありました。世界の恵まれない人達の為のボランテア活動を通して感じた事を話して下さいました。ボリビア・アフリカ・インドなどの発展途上国へ出掛けた時の様子に著名な人の呼び掛け一言の影響力は大きいので頑張って下さっていることに頭が下がります。
講演の中で特に感じたこと「受ける事より与えられることの幸せ」「人助けは一人占めでなく、出来る限り大勢の人達と分かち合うこと」の二つの事でした。もう私のやれる事はほんとに少なくなってきているのですが、それでも与えながら(お手伝いしながら)一緒に楽しむ事は続けていきたいと強く思いました。

同時上映されたイタリア映画の「人生、ここにあり」も面白かったです。イタリア・ミラノで本当にあった話を映画化したものだそうですが、日本にだって同じような事が起こっているように思います。良いドクターやカウンセラーと、出会うことが出来れば、理解してくれる仲間と出会えれば過去の病気も振り払って生きられる・・・・。くじけそうになるけれど元気をとりもどす・・・。生きる勇気をもらえる・・・。と考えました。
朝食バイキング

朝食後シナイアから約一時間のドライブでブランへ・・・・。
ブラン城=「ドラキュラ伝説の城」見学。



※空手を習っている子供たちがポーズを取ってくれました。入城記念名簿に記入。日本語書きにしようかどうか迷いましたが・・・・。
ランチ

ブラショフ・旧市街地散策。





※ドイツの街並みに良く似ています。
ルーマニア第二の都市。12世紀に町移住してきたドイツ系商人によって町の基礎が築かれて、今でもドイツ風の街並みが広がっている。トランシルバニア地方の古都ブラショフはブカレストのような派手さはないが地味な中にも時の流れと歴史の重みを感じさせる町でした。

※歴史博物館。
この街でもお祭り(イースター最後)の準備を見ましたよ~。



聖ニコライ教会

13世紀に建てられたギリシャ正教の教会。
黒の教会

ルーマニア最大のゴシックスタイルの教会で1384年~1477年にかけてたたられた。3つの本堂と6つの門を有し奥行き89メートル間口38メートルの規模を誇る。1689年の火災で木造部が黒く焼け焦げたことからこの「黒の教会」と言う名前がついたそうです。
スーパーマーケットでショッピング

ルーマニアの紙幣をここで使い切りました。

街中のお花屋さん。

ルーマニアで一番狭い通り(STRADA SFORLL)

フォルクロアディナーショー
最後の夜はルーマニア民族舞踊を楽しみました。




※テーブルに廻ってきて日本の歌をたくさん演奏してくれました。
今日のホテルはGOLD TULIP TIMES
旅行中で一番広いお部屋でした。数時間しか滞在できないのに・・・・。
世界遺産の旅・最終日 4月23日(月曜日)
バゲッジ・ダウンが3時45分。ランチボックスをフロントで貰ってバスに乗り込みブカレスト空港へ・・・・。ルフトハンザドイツ航空で2時間35分フライトでフランクフルトへ・・・。フランクフルトから成田国際空港へ・・・・。時間待ちに地下鉄駅やマーケットを覗いたりして時間を潰して成田行きの機上の人に。

※地下鉄フランクフルト空港駅。

※帰国便。ルフトハンザ710便。
機内食


帰国
お疲れ様でした。添乗員さんお疲れ様でした。Sさんお世話になりました。そして皆さん有難うございました。
朝食バイキング

朝食の後シナイアから約3時間半のドライブでシギショアラへ・・・・。シギショアラはトランスルバニア地方の中心に位置する町でドイツ名をシェースブルグと言うように12世紀にザクセン人入植してドイツ系住民の職人や商人が町の経済を発展させた。
シナイア~シギショアラ迄の3時間半のドライブは長閑な田園風景が続きます。


世界遺産サルキズ要塞教会見学

シギショアラ市カラ20キロメートル離れたサスキズ村の西の方あり、14世紀にサシ人によって建てられた要塞です。高さ7~9メートルの石造りの城砦に囲まれて天守閣もついている。この教会は村の中でなく村の近郊につくられているのが他の要塞教会との大きな違いだそうです。内部の城壁、防御の「門の塔」「監視の天守閣」そして中心にあるチャペルなど要塞の大部分は当時の状態のまま残っています。
世界遺産 シギショアラ市内観光

城砦を抜けるとシギショアラの町が開けます。


町のシンボルは高さ60メートルの時計塔。14世紀に建てられたが、17世紀後半に焼失し再建された。仕掛け時計になっており深夜0時になるとからくり人形が動き出す。

※花嫁さんの撮影に出会いました。
学生階段


ランチはドラキュラ(ヴラド・ツェペシュ)の生家と言われているレストランで戴きました。


世界遺産ピエルタン要塞教会


シギショアラの南西にある小さな町ピエルタンは1283年に初めてその名が本で出たザクセン人のトランシルバニアにおける最古の集落です。ドイツ名をビルトヘルムと言う。町のシンボルは世界遺産に登録された要塞教会でオスマン朝の襲撃に備えて3重の防御壁に囲まれている。山城のように堅固な守りで固められており町を見降ろす見張り塔もある。
格別の作品の説教台は1523年にブラショフのユルリッヒ師匠によって一塊の石から彫られました。

ゴシック様式の祭壇タピストリー

パイプオルガン

音響の素晴らしいパイプオルガンは1869年にウィーンのカール・ヘッセによって制作されていまでも良好な状態です。
中世の腕利きの職人の手になる財宝蔵の鍵

1515年に樫の木で作られており非常に頑丈です。1910年パリの世界博覧会に受賞したそうです。
ピエルタン村を散策の後シナイアへ戻ります。
ホテル内レストランで夕食

ヴェリコ・タルノブから約3時間半のドライブでルーマニアの首都ブカレストに着きました。バルカンの小パリと言われているブカレスト市内観光。
国民の館

チャウシェスクによる独裁政治を象徴する巨大な宮殿。床面積は33万平方メートルアメリカのペンタゴンにつづいて第2位の広さ。部屋数は3100以上と桁はずれで、ルーマニア人建築家の設計で建築資材もすべて国内から調達されたそうです。1984年建設がスタートして1989年にチャウシェスクが処刑された時にはほぼ完成間近だったそうです。遠くに離れないと全景を納められない大きな館でその存在感に圧倒されました。
凱旋門


※凱旋門に続く道の街路樹。柔らかな緑がとても美しかった。
市内中心部にあるビクトリア広場から伸びるキセレフ通りの途中にある。第一世界大戦の勝利を記念して1919年に建てられたもの。高さ27メートル。パリの凱旋門よりわずかに小さく最初は木製だったものを1930年現在の石造りのものに改修したとのこと。

※ブカレスト市内。

※音楽堂。
大主教教会

ギリシャ正教の教会。敷地内にルーマニア正教の大教主の住居があるのでこの名前で呼ばれている。11世紀の聖人の遺体と言われている聖体(ミイラ)が安置されているそうです。

教会内は信者さんが大勢集まってお祈りの順番を待っておりました。ガイドさんのお話しでイースター祭最後の行事で教会でお水を戴く日だそうです。大きなポリタンクの蛇口から貰っていました。こんな行事に出会えて運が良かったツーリストでした。
革命広場

ブカレストの中心にある広場で街を代表するモニュメントに囲まれている。中央に建つ共和国宮殿は大統領府として使用されていました。
ランチ


ルーマニアの交通機関

※バスが走る道路に並行して線路がどこまでも続いていました。
約2時間半のドライブでシナイアへ到着。
シナイア市内観光
ブラショフから南へ約50キロの所に位置するカルパチア山中の小さな町で「カルパチア山脈の真珠」とうたわれるシナイアの町です。ブカレストに住む王侯貴族達の夏の避暑地として栄えたそうです。
シナイア僧院見学




17世紀ワラキア公カンタクジノがこの地を訪れたのを記念して建立した寺院でこのシナイアと言う町の名前になった。扉の両脇の壁・天井にびっしりとフレスコ画が見事に描かれています。

ペレシュ城
1875年カロル一世がルーマニア王室の夏の離宮として8年の歳月をかけて建てた宮殿、ルーマニアで最も華美で壮麗なお城と言われています。敷地面積3500平方メートル、建築総額1600万ルーマニアレイ(現在の110億~120億)と言われています。ルネッサンス・バロック・ロココ様式をすべて取り入れたドイツ・ルネッサンス様式で建てられています。
今日のホテル はPALACE



※ホテル内レストランで夕食。