
国立西洋美術館で開かれているゴヤ展(プラド美術館所蔵)へ行って来ました。昨年発売と同時にチケットを購入してありましたが、いつもの事ながらやはりギリギリの鑑賞になりました(1月29日終了)。

プラド美術館の誇るゴヤの「着衣のマハ」は40年ぶりの日本公開だそうです。凄い行列の後やっと「絵」に出会えたと思っているうちに人並みに押されて・・・・40年も前の事だったのですね。あの頃は世界3大美術館所蔵の絵を見る機会などあまりなかったので、頑張って出掛けて行ったのを思い出します。
今は実にしあわせな機会をいっぱい与えられてどこの絵にも会えて嬉しい事です。トルコ風の衣装を身に付けた美しい若い女性が長椅子に横たわり優しい眼差しで私達を見ています。一説ではマハのモデルはゴヤの恋人のアルバ侯爵夫人と言われているので画伯に愛を送っている眼ざしなのかもしれませんが一方で宰相ゴドイの邸宅でこの絵が見つかったことからゴドイの愛人とも言われていますがどちらだったのでしょうか?
「裸のマハ」「着衣のマハ」二つの同じ構図からなる絵の制作目的は何だったのでしょうか?館内の解説ビデオを見ましたが10分弱の説明の中にはありませんでした。ちなみにマハはスペイン語で小粋な女性という意味だそうですが私はちょっと違う意味に取っていました。

※展示は「着衣のマハ」のみ。

※プラド美術館では今は2点一緒に貸し出すことはしないそうです。
カルロス4世の主席宮廷画家に上りつめ、国王の優美な肖像画を描いて名声を得ていた頃のゴヤ、その後ナポレオンの侵略によって戦争と混乱に見舞われたスペイン社会の悲惨な現実を受け入れなければならなかったゴヤ。優雅な宮廷生活を思わせる王様や貴族の肖像画を描いていた頃を「光」とするならば戦争の悲劇を描いていた頃はゴヤの心の「影」さらに聴覚を46歳で失うという不幸なども「影」の部分なのかと私なりの解釈ですが・・・。プラド美術館でも保存上の理由から公開されない第一級の素描画が油彩より多く展示されていましたが、戦争の混乱の中の社会の悲惨さが見えて暗い気持ちになりました。
美術展では公式図録とポスト・カードを買うのを楽しみにしていますが、そこでスペインのポーセリアンのトップ・ブランドのリアドロの人形も売られていました。目の保養とギャラリー・ケースを眺めていたら、J兄がスペイン土産でプレゼントしてくれたリアドロの人形と同じものを見つけました(鏡の前の若草色の少女)。たまには飾ってあげましょうと、展覧会から帰りケースから出して飾ってあげました。何年ぶりかしら?表舞台に立たせて上げました。とても可愛い人形です。
今日、目黒区道路管理課から葉書が届きました。

貴女の原動機付き自転車を目黒区自転車等放置防止条例に基づき撤去、保管していますので速やかに引き取りにおいで下さいとの内容。

先先週の木曜日(11日)もしかして持っていた人がどこかへ放置して届けられていないかと中央町の集積所へ行って来た所でした。その時一緒に駐輪場を見て廻って下さった方も2か月も過ぎていますからちょっと無理かもしれませんねと気の毒がってくれました。
もうこれ以上待っても仕方ないのかな。買う時期に来ているのだと考えながらも、どこかですこ~しだけ期待をしていましたので配達された葉書を見た時は嬉しかったです。夕方、葉書を持って集積場へ行って来ました。出掛けに息子が「放置したわけでなく盗難にあったのだからその旨話した方が良いと思うよ」と言ってくれました。
集積所の係りの人に案内された1/17駐輪場に私の自転車はありました。愛車とご対面。乗れないほど傷んでいるかしら?と思っていましたが、持って行った人が大事に乗ってくれていたのでしょう。なくなった時と同じようでした。盗難被害届を警察に出している人は、すぐには持って帰れませんでした。都立大駅前交番へ行って盗難被害受理番号を調べてくるように言われました。すぐに駅前交番へ・・・。交番のお巡りさんは「碑文谷警察署の方へ提出しましたのでもうこちらには有りません」とのこと。がっかりしてしまいましたが、刑事記録係の電話番号をメモして下さったりして、今日は無理なので明日にした方が良いですよと言われて帰ってきました。


引き取りは明日以降になりますが、愛車が無事で良かった良かった(*^_^*)。
キルト展から帰って少し横になりました。作品を見て廻っている時は夢中で気がつきませんでしたが、久し振りにたくさん歩き過ぎて家へ帰って落ち着いたら疲労を感じ足も痛くてたまりません。
9時過ぎから降っていた雨が雪に変わってみるみるうちに積り始めました。


雪を眺めているのは大好きですが、明日のボランテアはどうなるのかと心配にもなります。

S子さんと今年初めてのデートです。近くに住んでいますのになかなか思うようで有りません。年の初めにインフルエンザにかかり今回は治るのに時間がかかりました。彼女とはお電話では何回もお話はしていましたけれど暮れの24日に会ったきりでした。

※各ブースを回る人・人・人。観客席にも休憩を取る人・人・人です。
キルト・フェステバルは20日から28日までの開催ですが、空いているだろうと今日(月曜日)を選びましたが大外れでした。大勢の人が列を作り22番ゲートからの入場でガードマンにバッグの中身をチェックして貰って一人一人回転ドアから「「ゆっくり」「ゆっくり」のガードマンの指示に従って入場しました。野球のゲームをやる所まで一番上から階段を下りるのですが、手摺もなく転倒したら大ごとになると思うのでとても神経を遣いながら降りました。順路に従ってキルト・マーケットのAゾーンから人並みに押されるようにして会場を観て廻り、今年の「日本キルト大賞」のブースで和のキルト部門、創作キルト部門、バッグ部門、額絵キルト部門、トラデショナル部門の優勝者の作品を見て回りました。


入賞作品のどれも素晴らしいものでした。特に私はお裁縫が苦手なので(レース編みと刺繍は出来ます念のため)こんなに細かい手仕事の出来る人を羨ましく思います。キルトの始まりは廃物利用から始まったものだろうと考えます。残り布・端切れ・古裂などの再利用をする、資源を無駄にしないまさにエコロジーだったと思うのですが、現代のキルトはちょっと違っていました。無地布から染め、生地を細かく切り、張り合わせる・・・贅沢な趣味でこれだけのものを作るは体力・財力・精神力も必要になってきますね。私は一・抜けた~~です。

※一番の作品です。
知らない所での食事は落ち着かないので地下鉄で目黒まで帰り、アトレの謝朋殿で遅い昼食を済ませてからさよならをしました。
パルム街に本屋さんが3軒ありますが、その中で私の行きつけの本屋さんが閉店しました。
昨日の夕方たまたま店の前を通りましたら「閉店セール」「本日最終日」「5冊まとめて500円」「単行本は一冊50円」などのビラが貼られていました。お店半分の棚には殆ど本はもうなくて、売れ残りのちょっと古ぼけた百科事典や文学全集がビニール紐で束ねられて考えられないお値段(まとめて1000円とか)が付けられて売られていました。
棚に残っていた本の中から6冊を選んで買い求めて来ました。私の知る限りでは45年以上続いている本屋さんでした。いつもの店主でない人が(多分息子さんのような気がします)「5冊500円だけれど一冊はおまけしてあげるよ」と言われ、遠慮しながらも随分徳をした嬉しい気持ちで会計を済ませて店を後にしました。

※6冊〆て8600円を500円でゲットです。
余計なお世話でしょうが本屋さんって儲けがあるのかしら?なんて時に思うことがあります。閉店となると経営にも苦労があったのかな~といらぬ心配をしてしまいますが、時々店頭にない本をお願いすることもありましたが、親切にあちらこちらへ電話で問い合わせてくれたりして一冊の本の為に時間を割いて下さるちょっと目には気難しそうな、でも親切な優しい店主でした。レジに座っていた人のお話では「後を借りる人が何の商売をするかまだわからないのですよ」と話していました。
それに「シグマ書房」と言うお店の名前の由来聞いたこともなかったけれど・・・。シグマはギリシャ文字(伝統的な配列は18番目)だけれど何か、どんな関係あるのかなぁ~なんて考えながら帰りました。もう優しい店主に命名の理由を聞く機会もあろうはずもありませんが・・・・。

日本橋三越本店のギャラリーで開催されている展覧会へ行って来ました。25歳で渡仏して84歳で亡くなるまでパリに住み歴史がしみ込んだ石造りの建物や街並み、そこで生活する人々を描き続けた画伯の絵はなぜか惹かれる「絵」で機会あれば展覧会を観ていました。
今回は初公開の人物画や静物などあると言うので興味津々でした。最終日を3日後に迫っていましたので会場は大勢の人で溢れていました。
生誕100年記念の展覧会は近くの目黒美術館で見ましたが、その時に観た絵があまりなかったのは、いかに多くパリの街を描いていたかが分かる気がしました。
まだ海外旅行へ行ったことがなかった頃に最初に行くとしたら「フランス・パリ」を候補にしていました。女の子の殆どがそうであるように、私も若い頃からパリの街にはかなり強い憧れがありました。10代の頃、雑誌や写真で見るパリはほんとに夢のようでしたね。今でも老朽化した建物を改築する時などには常に周囲とのバランスを考えるなど、かなり厳しい規制があると聞いた事があります。古いものと新しいものが上手く調和しているのはその為ですね。
画伯の描く1930年頃のパリの街並みの「絵」の前に立つと何故か懐かしい気がするのです。この街のこの場所を最近歩いたことがあるような懐かしい気持ちにさせられるのです。不思議です。


2008年パリで撮ったお気に入りの写真です。こんな感じの街並みを描いたものがありました。パリで夭折した佐伯祐三画伯やユトリロの描くパリにもこんな街並みがあったと感じながら観て回りました。
会場で時間をかけて「絵」観賞し、帰って落ち着いてから「図録」を丁寧にページをめくり、一日「OGUISS」デイでした。家事を何もしない好きな事だけで過ごした幸せな一日でもありました。

※図録&チケット。
More・・・・堂島ロール

久し振りにエリアメールが入りました。ペンダントの横揺れが大分続いて、少し怖いほど強い揺れを感じました。テレビを付けてテロップを目で追い、茨城沖を震源とする地震の規模はマアグニチュード5・8と気象庁からの発表を確認しました。今朝の今季一番の冷え込みと併せて身の縮む思いでした。

※今朝は都心でも零下を記録してニュースも各地の雪の風景。故郷の新潟も雪・雪・・・の映像でした。
風邪がなかなか治らず、せき込みと身体のだるさから一向に解放されないまま、外出も億劫でこの一週間殆ど家を出ていませんでした。これでは身体がなまる一方で今日はともかく散歩だけでも出掛ける事にしようと意気込んでいたのですが、この地震で出鼻を挫かれた感じになりました。
4時近くになってようやく重い腰を上げました。開業が間近に迫っているスカイ・ツリーを見に行こうと決めました。地下鉄を使用して一時間半で往復出来ると踏んで家を出ました。

一昨年6月義母が観たいと言うので連れて行った時の高さは398メートル、昨年2月に訪れた時は569メートル、約一年ぶりの押上でしたが、スカイ・ツリーは完成し、シートに覆われていた京成ビルも出来上がってシートを外し、すっかり周囲の景色は変わっていました。押上駅からの眺め、駅を出て少し歩いて京成橋からの眺めを確認してから帰りました。


工事関係者以外立ち入り禁止になっていた駅前のロータリーですが、今までの押上駅から想像ができないくらい大きく変わりそうですね。開業が楽しみな所です。


新しい年の仕事始めは名刺交換会に決めて10数年が経ちました。年末の忙しさに会えなかった地区協のお仲間と元気に顔合わせが出来て、お互いに今年も「頑張りましょう」と2時間ほどを過ごして帰宅しました。
昨夜、少しのどの痛みがあり「風邪かな?」と嫌な予感がしていたのですがどうも風邪に見込まれたらしいです。頭痛に熱・・・大変なもの一緒に持ち込んで寝込んでしまいました。
一週間も寝込んだのは初めてでした。すっかり弱くなった自分がかわいそうで嫌になってしまいました。新しい年の初めがこれでは困りものです。早く元気を取り戻そう!!
年末の行事だったお墓参りを新年にしました。孫娘を送りがてら二男家族とお墓参りを済ませて、お食事を御馳走になり、ほんとに久しぶりに二男の家に寄ってきました。この間の運動会のビデオなど見たりして楽しい時間を孫娘と過ごし、大船駅まで送って貰って電車で帰ってきました。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。